SPXのスニーカーの歴史について簡単にまとめてみました。
1980年代スポーツブランドにおいては、NIKEがマイケル・ジョーダンや、カール・ルイスなど黒人のアスリートを広告塔に起用し、一方、ADIDASでは、Run DMCが、自分達のお気に入りのスニーカーに捧げる曲「My ADIDAS」などを発表し、機能性やファッションを、大々的に売りこみました。
ヒップホップ・シーンの広がりと共に、1980年代、人気スニーカーの価格は高騰し、一般市民には到底手が出せないものとなりました。
そんな中、NIKE、ADIDASを買えなかった一般市民が、手軽に履けるスニーカーとして登場したのが、このSPXです。
ブランド名の由来は「スポーツ・パフォーマンス・エクストリーム」からきています。
斬新なデザイン・機能性などをとっても、他社にひけを取らないスニーカーです。
しかし、一般市民からの需要があまりにも多く、SPX自体の価格が沸騰してしまうという、現象を引き起こしてしまいました。
日本には、SPXが流通する以前に「会社が目指しているマーケットではない」という理由から縮小し、輸出などを控え、本当の意味でのアンダーグラウンド ヒップホップスニーカーの地位を確立します。
80年代における、SPXのポピュラーなモデルは、ファットなフォルムとゴージャスなカラーリングが特徴の「Street Slam」で、現在のコレクションの中心となっているのも、このモデルです。
また、ヨーロッパのマーケティングキャンペーン「Put the beat beat on your feet(ビートを足元に)」と連動して、靴箱のデザインは、80年代の大型ラジカセをベースにしています。
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